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「イランという国で」





アラムートの砦
2005年 02月 24日 |
 それがどういう意味かは明確には分からなくとも、どこかで暗殺教団、アサシンという言葉を聞いたことがある人は多いのではないだろうか。

 ハサン・サバーフという指導者が、アラムートという天険の地に築いた城塞に住み、若者たちに大麻を与え、女性とごちそうに溢れた楽園という夢のような体験をさせ、もう一度楽園を味わいたいのなら暗殺を行うようにと示唆した、といういわゆる「山の老人」の伝説である。

 ヨーロッパのオリエント趣味による伝説に過ぎないが、実際に、イスマーイール派は政敵に刺客を送り、暗殺をしたことは確かであり、12世紀に十字軍と戦うサラーフッ=ディーんに味方してキリスト教軍と戦い、13世紀にモンゴル人がイランを攻撃、殺戮や略奪を行った際に、最後までモンゴル軍に抵抗したのもイスマーイール派であった。

 イスマーイール派の抵抗に手を焼いたモンゴル軍は、大群を派遣し、イスマーイール派が立て籠もった砦を次々に攻略、イスマーイール派の中心であったアラムートを滅ぼし、イランにおけるイスマーイール派をほぼ壊滅させた。

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 モンゴル軍が攻撃を行った当時は、険しい山々に囲まれた強固な城塞であったアラムートであるが、現在はその麓まで自動車道が通り、階段が整備され、砦まで簡単に登ることができる。
 あまりの簡単さにあっけなさを感じるほどではあるが、それでも砦の上から周囲を眺め渡すと、砦が難攻不落と言われた理由がよく分かる。

 私が訪れた日は、周囲の山々が緑と花に覆われ、遠くの山には残雪が輝くという何とも美しい日で、わずかに残る石組みや貯蔵庫の跡を見ても、モンゴル軍と絶望的な戦いを続けたイスマーイール派の人々がこの砦で何を思っていたのか想像をめぐらせても、答えが見いだせず、ただ、ぼんやりと周囲を見渡すことしかできなかった。

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 私が砦への最後の階段を上っている途中、若い男性が怒ったように「何にもないよ。上には何もないよ。見るだけばかばかしい」と言いながら下りてきた。一体彼はこの遺跡に何が残っていることを想像していたのか、不思議でならなかった。
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