これまでの旅の思い出
by sarasarajp
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「(はてな版)こらぼ さらくだ」

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 当ブログの親ブログ。イラン生活13年目に突入したサラさんの日常雑感。

「イランという国で」





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2005年 02月 28日 |
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 イランの農村の小学校。
 日本と同じく、全校朝礼で一日が始まる。

 さあ、みんな並んで。
「サラーム。今日も一日、よく勉強してくださいね」

 コルデスターン州、ウーラーマーネ・タフト村で
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2005年 02月 27日 |
 列車の旅は大好きである。
 イランの列車はスピードもそれほど早くなく、本数も少ないので、決して便利な交通手段ではないが、その分、のんびりとした味わいがあって楽しい。

 座席は四人あるいは六人のコンパートメントで、切符はほとんどが前売りで、どんな人が同室になるかは乗り込むまで分からない。しかし、発車までの間に車掌が見回り、家族などでない男女が一緒にならないように席替えをしてくれるので、見知らぬ男性と一緒にされて気詰まりになる心配はない。

 バスの狭い座席と違って、足を伸ばしてゆったりと外の景色を楽しめるのも列車の旅の良いところ。同室の人たちとおしゃべりをしたり外を眺めたり。お菓子や果物などを分け合ったりお茶をもらったり。おしゃべりで陽気なイラン女性たちとの一時は楽しくもあり、あまりのもてなしぶりに少し疲れることもあり。

 テヘランからカスピ海へと抜ける路線は山間を縫って走っている。テヘラン州を抜けるまでは、両側に迫る緑のない山々と谷底の緑とが印象的で、マーザンダラーン側に抜けると途端に山も大地も緑一色となる。
 トンネルを抜けるとそこは雪国だった、ではないが、山を越えるとそこは緑の国だった、である。

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 写真のほぼ真ん中を通っているのが線路。カスピ海へ抜ける直前のフィールーズクーフ付近では、このようにずっと谷を走っている。
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2005年 02月 26日 |
 古きを尊ぶ傾向のある日本と違い、イランでは古いものはどんどんと壊されていってしまい、新しいものに取り替えられてしまう。
 先年の地震で世界的に有名になったバムの城塞も、古いままではなく、古いものを芯にしてその表面に新しい煉瓦を積んだりして新品になっていた。そして外国からの観光客は、どう見ても新品の城塞に違和感を感じていたものだったが、イラン人観光客は「なんて素敵なの」と喜んでいた。

 また、長い歴史の中で何度も支配者の交代を経験している国なので、そのたび、前の支配者の匂いのするものを取り壊すという歴史も経験している。
 現政権のイスラーム政権も、先の統治者であるパフラヴィー朝のシンボルを徹底的に排除してきた歴史を持つ。パフラヴィー朝に関連する町や通りの名前を変更し、パフラヴィー朝のシンボルを消し、「王」という言葉すら排除しようとした。

 しかし、そうした政府の努力にもかかわらず、人々は古い呼び方で町や通りを呼び、古い町並みを歩くと、先の政権の忘れ物がひっそりと残っていたりする。また、モスクなど宗教的な建築物は呼び名を換えられるくらいで残されるため、宗教的建築は比較的よく残る。

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 この写真は、テヘランのバーザール付近でみつけた街灯の根本に残されていたパフラヴィー朝のシンボル「太陽獅子」。壊されかかった跡は明らかだが、またこれを土台に新しい街灯が建てられてしまったらしい。獅子が握る剣の赤は誰が何のために塗ったのか、ちょっと気になってしまう。
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2005年 02月 25日 |
 ふと気がつくと雨雲が空を覆っている。
 山の天気は変わりやすいと言うが、イランでも少しそういうところがある。
 遠くで雷鳴が聞こえ、風に乗って雲が移動してくる。
 ぽつぽつと雨が当たり始めたかと思うと、あっという間に激しい雷雨になってしまう。

 人家もなく、雨宿りのできる場所もなくて困っていると、岩陰に探していた聖者廟がひっそりと建っていた。
 滑りやすい岩の上を、急いでそこまで走る。

 湿った土の匂いと、古い建物独特のすえた匂いと、激しく屋根を叩く雨の音と。

 廟の中で休もうと思ったが、電気の通っていないため真っ暗で、あまりゆっくりと休む気分になれない。
 仕方がないので、雨漏りを避けながら軒先で雨宿り。
 山の上を走る雷鳴を眺め、谷底の木々の間にひっそりと並ぶ屋根を眺めてぼんやりと過ごす。

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 降り出したのも突然なら、降り止むのも突然で、ふと気がつくと雲の間から日が差し始めている。
 ほとんど濡れずに済んだのも、聖者廟のバラカ(霊力)故かと、廟にサダカ(喜捨)を置いて村へと下りた。
 例年なら雨など降るはずのない、ホルダード月のある日のこと。
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2005年 02月 24日 |
 それがどういう意味かは明確には分からなくとも、どこかで暗殺教団、アサシンという言葉を聞いたことがある人は多いのではないだろうか。

 ハサン・サバーフという指導者が、アラムートという天険の地に築いた城塞に住み、若者たちに大麻を与え、女性とごちそうに溢れた楽園という夢のような体験をさせ、もう一度楽園を味わいたいのなら暗殺を行うようにと示唆した、といういわゆる「山の老人」の伝説である。

 ヨーロッパのオリエント趣味による伝説に過ぎないが、実際に、イスマーイール派は政敵に刺客を送り、暗殺をしたことは確かであり、12世紀に十字軍と戦うサラーフッ=ディーんに味方してキリスト教軍と戦い、13世紀にモンゴル人がイランを攻撃、殺戮や略奪を行った際に、最後までモンゴル軍に抵抗したのもイスマーイール派であった。

 イスマーイール派の抵抗に手を焼いたモンゴル軍は、大群を派遣し、イスマーイール派が立て籠もった砦を次々に攻略、イスマーイール派の中心であったアラムートを滅ぼし、イランにおけるイスマーイール派をほぼ壊滅させた。

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 モンゴル軍が攻撃を行った当時は、険しい山々に囲まれた強固な城塞であったアラムートであるが、現在はその麓まで自動車道が通り、階段が整備され、砦まで簡単に登ることができる。
 あまりの簡単さにあっけなさを感じるほどではあるが、それでも砦の上から周囲を眺め渡すと、砦が難攻不落と言われた理由がよく分かる。

 私が訪れた日は、周囲の山々が緑と花に覆われ、遠くの山には残雪が輝くという何とも美しい日で、わずかに残る石組みや貯蔵庫の跡を見ても、モンゴル軍と絶望的な戦いを続けたイスマーイール派の人々がこの砦で何を思っていたのか想像をめぐらせても、答えが見いだせず、ただ、ぼんやりと周囲を見渡すことしかできなかった。

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 私が砦への最後の階段を上っている途中、若い男性が怒ったように「何にもないよ。上には何もないよ。見るだけばかばかしい」と言いながら下りてきた。一体彼はこの遺跡に何が残っていることを想像していたのか、不思議でならなかった。
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2005年 02月 23日 |
 カスピ海の南を走るアルボルズ山脈には三千メートル級の山々が連なっている。
 この山々がカスピ海からの湿った空気を遮り、アルボルズ山脈の南には乾燥した気候を。そしてカスピ海岸側の狭い地域に湿潤な気候を与えている。

 テヘランからカスピ海岸へ抜ける街道を走ると、アルボルズ山脈を越えたところで空気が変わる。
 日本と同じような湿度のある空気が身体を押し包み、山々が緑に覆われる。
 水が豊富で、商品作物として価値があることから水田が多い。
 どう見ても日本のどこかで見たような光景がそこには広がる。

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 この写真の光景など、私の故郷を歩けば見られそうな山の中の田園風景である。
 トンボが飛び交い、緑の匂いに満ちた、昔から見慣れていて懐かしいような、でも飽き飽きとしたような、何ともいえない気分を味わう光景である。
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2005年 02月 22日 |
 日本を見ていてもイランを見ていても、隣国と仲が悪いというのは仕方のないことなのだろうかと悩むこともしばしばだ。

 一時期のイランは、イラクとは国交なし、トルコやアゼルバイジャン、パキスタンとはぎくしゃく、アフガニスタンとは北部同盟への支持を行うことで混乱を長引かせ、と、それほど悪くないのはトルクメニスタンくらいか?というほどだった。

 こうした情況からか、イランは外国人が国境州へ立ち入ることを嫌がっていた。これはイラクやアフガニスタンの情勢が変わった今でも続いている。
 特に、イラクと国境を接するイーラーム州とコルデスターン州、パキスタンやアフガニスタンと国境を接するスィースターン・バルーチェスターン州ではひどかった。

 ぶらぶらとバーザールを歩いているといつの間にか警官が後ろでぴったりマークしていたり、ホテルで不審尋問をされたり、ひどい時には情報省のオフィスへ連行されたりとろくなことがなかった。

 コルデスターン州の町、サッケズのバーザールを日本から来た先生方と歩いている時、後ろから近づいてきた情報省職員に問答無用で情報省オフィスに連行された時が一番面倒だった。
 旅行前にあらかじめ旅行スケジュールを治安維持警察に提出して許可を得ていたのだが、許可書をその時はたまたま持っていなかったため、少し面倒なことになってしまった。また、私と友人の二人がペルシア語を話せるのでなおのこと不信感をあおったらしい。
 どうなることやらと不安になったが、何と言うことはない、私がたまたま持っていたテヘラン大学の学生証を提示した途端に、「なんだ、イランの学生だったのか」で解放されたのだ。厳しいのか厳しくないのか、全く分からない国だ。

 友人は、旅行途中、同行していた先生と朝の散歩をしている途中で会ったイラン人に朝食に誘われ、その人の家で朝食をごちそうになっているところを警察に踏み込まれたそうだ。近所の人の密告によるものらしいのだが、こうなると、親切で人懐っこいイランの人の好意に簡単に甘えることもできなくなってしまう。

 国境州以外ではそういうことは滅多にないだけに、国境州での異常なまでの神経質さが目立ってしまう。スパイを疑うのなら、あからさまに外国人である我々よりも、国境をまたいで存在するクルド人やバルーチ族、アラブ系住民を疑うべきなのでは?と不思議に思わずにいられない。
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2005年 02月 21日 |
 イランから日本へ一時帰国をする、あるいは帰国をするというと、とんでもない量のおみやげを渡されてしまいます。

 おみやげを渡してくれるその気持ちは大変に嬉しいのですが、こちらの事情を考慮していないおみやげの渡し方には当惑をしないではいられません。
 とにかく、量とかさが多い。こちらの好みなどは考慮の外。
 こちらに対する好意からおみやげをくれるのだからと、それを不満に思わないようにしたいと思うのですが、それでもやはりちょっと困ってしまうこともしばしばです。

 そして、こちらに対するおみやげと同時に、日本にいる親戚や友人へ持っていって欲しいと、これもまたとんでもない量のおみやげを渡されてしまうことも多いです。

 私は日本にもイランにも生活の拠点があるので、荷物らしい荷物もありませんから受け取った分を日本へ持って帰ることもできますが、旅行などのためにイランに来た人の中には、荷物が入り切らなくなってしまい、鞄を慌てて買ったり、空港でかなりの額の超過料金を取られてしまう人もかなりいます。
 こういう迷惑と紙一重の好意というのは、それが好意であるだけに難しいものがあります。

 日本に住む家族などへはともかく、我々にはそのやさしい気持ちが最大のおみやげなのだということを分かってもらいたいなあと思わずにいられません。
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by sarasarajp | 2005-02-21 23:00 |
2005年 02月 20日 |
 以前、友人が日本からイランに遊びに来た時に言いました。
「イランの空は青いんだけど、なんだか覆い被さってくるようで、閉じこめられているような感じがする」

 エジプトで見た空は、すこーんと抜けたような青さだけど、イランのは青いドームが被さっているようだと言うのです。
 分かるような分からないような。
 でも、確かに、イランの空は青いドームのようで、圧倒的な存在感を持っていて。
 そんな空のドームの下には、空の色を映したような青いタイルのドームか、大地と同じ白茶けた土色のドームが映えるように思うのです。

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 写真はイラン、ファールス州南部のとある遺跡。
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by sarasarajp | 2005-02-20 16:56 |
2005年 02月 19日 |
 ペルシア湾岸の港町を歩くことが好きだ。
 その町の人とそこを訪れた人と。月並みな表現だが、雑多な人々が行き交う街を歩いているとほっとすることがある。

 イランでも大都市、観光都市とされるテヘランやエスファハーン、シーラーズといった街ですら、残念ながら、まだまだ外国人が珍しいのか、街を歩いていると「外国人だ」とこそこそささやかれ、あるいはまた英語の練習台にされ、またあるいは自分の好奇心を満たすためにこちらの都合も考えずに話しかけられたり、自分に視線を向けようと石やナッツを投げつけたりと、とてもではないが外国人が気軽に歩ける街ではない部分も多い。
 しかし、様々な人が訪れ、去っていく港では、日本人がぶらぶらと歩いていても奇異の目を向けられ、話しかけられることはほとんどない。その街の風景の一部として受け入れてもらえる。

 インド洋を渡ってインド、パキスタンから来た人、ペルシア湾を挟んだ対岸からやって来た人々、仕事を求めてイラン国内外から集まって来た人。内陸部には見られない喧噪に満ちた街を歩き、足を止め、人々と言葉を交わす。あるいは海岸でぼんやりと波を見る。
 海から吹く風は疲れた心を解き放ち、海の向こうへの興味を誘う。

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 写真は、バンダル・アッバースに近い小さな港町、ミーナーブの木曜市。
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